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2007年12月06日

日奈久温泉

開湯600年。歴史ある温泉地に佇む、風格ある空間。



南北朝時代、足利尊氏から肥後守を任ぜられた甲斐氏と、南朝方の菊池氏が戦い、甲斐方の武将・浜田右近が刀傷を負った。
彼は日奈久の娘と結婚し、男子に恵まれる。
成長したその子は、父の傷の平癒を安芸の厳島明神に祈り続けた。
満願の日、お告げどおりに海の浅瀬を掘ると温泉が湧き出した。時に、応永16年(1409)。
温泉で刀傷も癒えたというのが、日奈久温泉の由来だ。
江戸時代には細川藩営の浴室が設けられた。
また、昭和初期には、放浪の俳人・種田山頭火が訪れ、湯を「ほんたう(本当)によい」と絶賛している。

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Posted by (社)熊本県観光連盟 at 07:59
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2007年12月06日

地獄温泉

二百年の重みを感じる、癒しの泥湯。



阿蘇の火山ガスが噴出するため草木の生えない地帯を、地元では「地獄」と呼んできた。
それが裏手にあるのが「地獄温泉」の由来だ。
南阿蘇の山中で、文化5年(1808)から愛され続ける老舗の湯治宿「清風荘」は、かつて細川藩の藩士のみが入湯を許された場所。
本館には当時の掟書が掲げられている。
明治以降に、一般に開放されたが、硫黄の匂い漂う湯は慢性疾患に効くと評判だ。
特に天然成分をたっぷり含んだ良質の泥湯は、皮膚病によいと言われ、昔から多くの湯治客で賑わう。

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Posted by (社)熊本県観光連盟 at 07:57
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2007年12月06日

湯の児温泉

空も海も独り占めできる。



ヤマトタケルノミコトの父・景行天皇がクマソ討伐で九州に来られて温泉を発見された折、熱湯ではないため「まだ湯の児(子)だ」と言われたのが由来だと伝えられる。
また、亀が湯で傷をいやしているのを猟師が見つけ、そこを掘ると温泉が湧いたという言い伝えから、別名「亀の湯温泉」とも呼ばれる。
奈良時代には、網にかかった白亀を光仁天皇に奉納したところ、「めでたい」と元号が「宝亀」に改められた。
今でも、亀にまつわる地名が多く残る地だ。

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Posted by (社)熊本県観光連盟 at 07:48
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